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心に残る名文

第10回 清少納言『枕草子』第二八〇段「雪のいと高う降りたるを」

2017-01-30
 寒い冬、『枕草子』は第一段「春はあけぼの」と同様に有名な「雪のいと高う降りたるを」を鑑賞するのはいかがでしょう。
 この段の人気の秘密は、簡潔でわかりやすく、清少納言と中宮定子の才女ぶりが、浮き彫りにされているところにあるのではないでしょうか。
 一条天皇の正室である中宮定子は才色兼備の人。10歳も年上の清少納言は、定子が18歳のときから死去するまで彼女に仕えました。『枕草子』の中にも、定子にかかわる話題が多くつづられています。
 
 ある雪の降る日のできごとです。明朗快活で聡明な定子は、「ただ雪見をするのはつまらない、何か面白い趣向はないものか」と思案し、思いついたのが白居易(白楽天)の漢詩の一句を女房に投げかけて返答させるというものでした。
 「だれもが知っているその句に謎をかけ、だれかに応えてもらったら面白いわ」そう思った定子が、多く侍る女房の中から白羽の矢を立てたのが、学才にたけ機転の利く、清少納言だったのです。定子は、果たして少納言がどのように返してくれるかしらと、内心ワクワクしながら楽しんでいたのではないかと思うと、こちらまでそのワクワク感が伝わってくるようで楽しくなります。
 

 雪のいと高う降りたるを、例ならずこうまゐりて、びつに火おこして、物語などしてあつまりさぶらふに、「少納言よ。香炉峰の雪いかならむ」とおおせらるれば、御格子上げさせて、を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も「さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり」と言ふ。
(『新編 日本古典文学全集 18』小学館)
※読みやすさを考慮し、ルビは現代仮名遣いにしています。
(現代語訳)
 雪が大変深く降り積もっているのを、いつになく御格子を下ろしたままで、炭櫃に火を起こして、私たち女房が話などをして集まって伺候していると、中宮様が「少納言よ。香炉峰の雪はどんなであろう」と仰せになるので、女官に御格子を上げさせて、御簾を高く巻き上げたところ、お笑いあそばす。周りの人々も「白楽天のその詩句は知っていて、歌などにまで読み込むのだけれど、中宮様の謎かけとは思いもしなかったわ。(とっさに御簾を上げた少納言のように、)やはり、この宮にお仕えする人としては、そうあるべきなのね」と言う。
 

 
 そう、「簾を上げる」が正解だったのです。
 
 白居易はエリート官僚でしたが、あることから左遷され、景勝地である香炉峰のふもとに新居を構えました。そのときに詠んだ詩の中に、この詩句があります。
 
香炉峰下、新たに山居をぼくし、草堂初めて成り、たまたま東壁に題す
日高く眠り足りてなお起くるにものものう
小閣にしとねを重ねて寒さをおそれず
あいの鐘は枕をそばだてて聴き
香炉峰の雪は簾をかかげて
きょう便すなわれ名をのがるるの地
司馬はお老いを送るの官
たすく身やすきは是れするところ 
故郷 何ぞ独り長安にのみらんや
『中国古典詩聚花』小学館
※現代仮名遣いで書き下しています。
 
 詩全体を意訳しますと、「日は高く昇っているが、布団の中で、遺愛寺の鐘が響くと枕をずらして耳を澄まし、香炉峰の雪は簾を跳ね上げさせて眺め入る。ここは、俗世間から離れ住むにはふさわしい土地で、閑職とはいえ心が安らかであれば、それ以上何を望むことがあろう。長安だけが故郷ではあるまい。」 というような内容です。
 少納言は定子の謎かけに、言葉で応える代わりに、御簾を巻き上げて見せました。その機転の利くしぐさに、定子は満足の笑みを返したのでした。
 この日、清少納言が味わった、お慕いする人から認められる喜びは、どのようなものだったでしょうか。人と人との交わりの中で、相手から認められ、得も言われぬ喜びを感じる、そんな思い出をもって生きられるということは、どれほど幸せなことでしょう。その相手が敬慕する人であれば、なおのこと。
すが
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